サウボナの日々

interpreted/translated by Yusaku Yoshimura


クレオールジャズの父、登場


サウボナ:今日はお忙しい中お時間を作ってくださってありがとうございます。


ジャック:喜んで。いつも忙しいから、いつ来てくれてもおんなじなんだよ。気にしないで。


サウボナ:フランスに行かれてたんですよね。


ジャック:うん。パークロウルジャズフェスティバルで演奏してきたよ。

僕のカルテットでね。グレゴリー・プリヴァ※1、アーノウ・ドルメンとレジー・ワシントン※2と一緒に。

(※1今回Jam Ka カルテットで来日するマルティニーク出身のピアニスト)

(※2同じく来日するNY出身、ベルギー在中の重鎮ベーシスト)


サウボナ:わ!豪華ですね!!どうでした?


ジャック:うん。とっても好評でね、来年も来てくれって。

これはとっても異例なんだけど、すぐにオファーしてくれたよ笑


サウボナ:それは素晴らしい!


ジャック:うん。見て。

(と言ってジャズフェスで演奏中の写真を見せてくれるジャック。この日被っていた帽子をステージでも被っています。)


サウボナ:かっこいい帽子ですね。


ジャック:ありがとう。息子がくれたもので、お気に入りなんだよ。


サウボナ:とてもお似合いです。

では早速、お話をお聞かせください。


ジャック:僕は小沼ようすけさんの「Jam Ka」と「Jam Ka Deux」という作品のプロデュースを担当したんだ。

今僕らはJam Ka3のことも視野に入れてるんだけど。

僕はグアドゥループ島※3に伝わる独特のリズムをベースにした音楽のスタイルを作ったんだ。

(※フランス海外県であるカリブの島、ジャックさんの故郷)

グオッカジャズとかクレオールジャズ、ジャズカ(Jazz Ka)って呼ぶ人もいるね。

共通の親しい友人を介してその僕の音楽を聴いたようすけは、とてもインスパイアされたから自分の作品にその要素を取り入れて一緒に制作をしたいってオファーしてくれた。

ベースライン、リズム、対位法、伴奏の仕方、独自のシンコペーションのリズムとかね、グオッカジャズのとてもデリケートで微妙なニュアンスに関する部分を僕に監修して欲しいってことだった。


サウボナ:2010年のことですよね


ジャック:うん。僕は彼が大好きだよ。

彼は優れたギタープレイヤーだし、人間的にも素晴らしい。


サウボナ:小沼さんもジャックさんのことをとっても優れたプロデューサーであり、ちょっとお父さんみたいに見守ってくれる、と言われてました。


ジャック:そう言われてもおかしくないくらいに歳はとってるね。笑




4度目の座禅でサックスプレイヤーになるって決めた


サウボナ:そうだ。質問を続ける前に。私は音楽の専門的な知識がないんです。

なので私の質問が時々ものすごく幼稚だったり、的外れになってしまって、気分を害してしまったら申し訳ありません。


ジャック:気にしなくていいよ。今のところ何の問題もない。

あ、いや、手土産に日本酒持ってきてないのはちょっと問題だな。笑


サウボナ:あー!お酒持って来ればよかった!

でも手土産はあるんです笑 どうぞ。

(蔭凉寺で録音されたScott HamiltonのライブCDを渡すサウボナ姉。)


ジャック:僕、スコットと知り合いだよ。ジャズの世界はそんなに広くないし、僕たちはそこで活躍してるサックスプレイヤー同士だからね。


サウボナ:そうなんですねー。

これはいつも私たちがライブを企画するときに使わせて頂いてる蔭凉寺※4という禅寺でレコーディングされたものです。次のJam Kaのライブもここに皆さんをお招きするんですが、座禅とか瞑想などにご興味はおありですか?


ジャック:座禅は僕にとって、とっても大切なものだよ!

僕はね、座禅を経験した後にプロのサックスプレイヤーになろうって決めたんだ。


サウボナ:わ、そうなんですか?!


ジャック:うん。僕は若い頃、フランスのパリ政治学院(政治学の世界ランキング4位のフランス屈指のエリート校)に通った。社会学で博士号もとったよ。そしてパリにあるフランス政府の上院で秘書として働き始めた。

その2年後にサックスに出会って演奏するようになったんだ。

さらにそこから2年して、はっきり分かったことがあってね。

サックスの演奏こそが自分が人生をかけてやり遂げるべきことだった。人生をもう一度やり直せるのなら、サックスこそが自分の成し遂げることだって。

そんなとき友達の一人がね、その子はとっても仏教や座禅に傾倒してたんだけど、彼女が坐禅に誘ってくれた。


サウボナ:フランスで、ですか?


ジャック:そうだね。そして4回目の座禅の後に、とってもハッキリ分かったんだよ。

人生ってのは自分にとって無意味なものに捧げるものなんかじゃないって。

サックスとジャズこそが自分の人生に意味を与えてくれる、ってね。

僕はそれまでの(いわゆるエリートと言われる)キャリアのドアを閉めて、バークリー音楽大に行くって決めた。

音楽家としてはまだ何も成し遂げていないし、キャリアなんてほぼゼロだったけどね。

27歳の頃だよ。だから自分にとって禅はとっても大切なものなんだ。

自分が魂から望むことを知って、決断をするために。


サウボナ:素晴らしいですね。

この蔭凉寺というお寺にはエルヴェ・サムも来てくれたんですよ。


ジャック:そうなの?!彼は僕のアルバムに参加してくれたこともあるよ。

なんだよ、なんで僕だけここに行けないの?


サウボナ:ほんとですね。なんで来ないんですか!笑

ここはですね、お寺っていうものは様々な人の心を豊かにする場であるべきだ、という和尚のお考えで、信徒だけでなくたくさんの人に向けて開かれていています。芸術は人の心を豊かにするものだから、って素晴らしいライブもたくさん行われるんです。


ジャック:素晴らしいよね。誰か特別な人にだけに向けてるわけじゃなくて包括的であるってこと。禅って、誰にとっても神聖な体験ができるものだと思うよ。

生あるもの全てのために禅はある。

僕は仏教や座禅の哲学にはとっても影響を受けてると思う。それは音楽の制作の過程においてもね。


サウボナ:なるほど。こんな風にジャックさんと禅が繋がることもとても面白いですね。



ナーバスになるって悪いことばかりじゃないよ

サウボナ:さてお話をJam Kaに戻します。

2009年ごろ、小沼さんサイドからプロデュースのお話があったとき、どう思われましたか?


ジャック:何曲か彼の楽曲を送ってきてくれた。

彼のギタリストとして、そして作曲家としてのスタイルがよく分かったよ。

僕にとってそれを理解することは大切なことなんだ。

グオッカ・ジャズと彼のプレイがどうフィットしていくのかを考えるためにね。

誰かをプロデュースする時に僕が大事にしているのは、そのアーティストが何を表現したいのかそれをサポートすることだと思ってる。

例えば僕自身のアルバムをなぞらえるようにようすけが作り直す、というようなことはしたくない。グオッカ・ジャズというスタイルを取り入れながらも、ようすけ自身のインスピレーションと表現を大切にして、それをサポートしたいと思ったよ。


サウボナ:最初に小沼さんの音を聴いた時、どういう印象を持たれましたか?


ジャック:とってもメロディアスで表現力の豊かなアーティストだと思った。

グオッカ・ジャズ特有のリズムともピッタリはまるようなリズム感を持っている人だなって感じたね。


サウボナ:最初あなたたちと一緒にやるってなった時、小沼さんは少し肩に力が入ってた、っておっしゃっていたのですが、それを感じましたか?


ジャック:うん。覚えてるよ。できるだけ彼が快適になるように僕は心がけたけれど、でもね、ナーバスになったり力が入ったりって、悪いことばかりじゃないんだ。

もっと上に行きたいとか、もっと豊かなレベルで表現したいって思った時、誰しも最初はそうなるものだし、そんな状況の中でもそこに飛び込んでいくって経験も必要なんだよ。


サウボナ:そんな自分をジャックさんは全て受け止めてくれたって小沼さんはおっしゃっていました。


ジャック:気持ちはよく分かったからね。

同じ音楽家として。自然に分かり合えたと思うよ。



リズムの核をとらえるのは波に乗るようなもの

そこから生まれる融合


サウボナ:小沼さん、ジャックさんやJam Kaのアーティストたちと一緒に演奏する時に、最初は彼らから得られるものは全て取り入れたい、みたいな思いもあったそうなんです。でも時間を重ね、演奏を重ねていくうちに、お互いがだんだんと「同期していく」という経験をしたとおっしゃっていました。そして、自身にとっても初めて「音のいちばん深いところ」へ行けたように思う、とも。


ジャック:僕はようすけに「ビートの中心」を捉えるってことを求めたんだ。リズムの核を捉えるってことはフレージング、表現をする時に絶対的に必要なことだからね。

リズムの核を捉えるってのはね、ものさしで測ってやるような理論的なことだけではなくて、もっと波に乗るような感じのことなんだよ。

難しいことではあるんだけど、音をどんな風に、どのタイミング出すのか、どのくらい伸ばすのか、どれくらい自然に消えるように持っていくのか、そういうことがとっても大事になる。それはね世界中に存在する音楽でそれぞれ違うんだよね。

だから生まれ持ってグオッカ・ミュージックに親しんできたアーティストたちが、ようすけのような他のバックグランドを持つアーティストと出会って、そこで生まれる「融合」みたいなものを大事にしていくべきだと思っている。

そしてそれを僕はバークリーで教えてるんだよ。



クレオールとは混ざり合い、変化を起こし、
新しいものが生まれること


サウボナ:まさに「クレオール」という言葉の意味するところのように思います。


ジャック:その通りだよ。

クレオールって言うのは、一般的には「混ざる」って意味だと思われてるけどね、

ただ単に混ざると言うことではなくて、混ざり合い、変化を起こし、新しいものが生まれる、ということなんだ。

だから世界のあらゆるところで、クレオール文化、というのはうまれている。

ブラジルでも、グアドゥループでも、キューバでもね。

そしてこれは個人的な考えなんだけども、

そう言った意味での「クレオール」は個人個人の中でも起きることだと思うよ。

「なにかを創り出すプロセス」において大切なのは、自分の中のクリエイティヴな体験や、

育って来たカルチャーとか、あらゆる要素を惜しみなくそこに注ぎ込み、

自らのスピリチュアルなパワーをさらに加えることだよ。 

そうやって創り上げた作品は、本来の言語の壁を超えた、自分自身の新たな言語になると思ってる。

僕自身もクレオールの文化の中に自分のルーツがあり、そういった中で自分自身の(音楽的な意味での)言語を形作ってきた。

まさにその育ったコミュニティの中で確立した自分自身のアイデンティティというのは、単なるいろんな要素の寄せ集めなんかにはとどまらない、もっと大きい何かなんだ。

2+2が4じゃない、24か、いやもっと大きなものになるように いろんな要素(カルチャー)の集合体が相乗効果で足し算を超えて、もっと大きいものになるんだ。

アメリカのジャズを、フランス語で歌ってみたり、地元の島のリズムちょっと混ぜてみました、みたいなことじゃなくて、ジャズも、クレオールのリズムも、その他のあらゆる要素をよりディープに攻めて、影響を受けて、それが自分自身の言語として自由自在に操れるようなレベルになった時、それはもはやジャズでもなく、全く新しい何かになっている。 それがクレオール音楽ってものなんだよ。


サウボナ:はー。まさに小沼さんがJam Kaプロジェクトでやりたいって思われてたことですよね。


ジャック:その通り。彼は彼自身の「クレオール」を起こそうとしていた。

彼自身の音楽だ。それは彼自身の文化的なアイデンティティだよ。


ジャック・シュワルツバルト Jacques Schwarz-bart

1962年グアドゥループ生まれ。サックス奏者。バークリー音楽大学教授。

父はユダヤ人作家アンドレ・シュワルツバルト、母はグアドゥループ出身の黒人作家・歴史家シモーヌ・シュワルツバルト。23才からサックスを始める。27才の時に上院議員秘書を辞してバークリー音楽大学に入学。卒業後、ディアンジェロのツアーメンバーに抜擢される。エリカ・バドゥ、ミシェル・ンデゲオチェロなどのツアーやレコーディングに参加後、ロイ・ハーグローヴのThe RH Factor立ち上げに妻ステファニー・マッケイと参加。第一弾シングル「Forget Regret」を提供する。The RH Factorを辞した後、自らのルーツを採り入れたグオッカ・ジャズ「Sone Ka-La」(2006)、「Abyss」(2008)を発表。これまでに6枚のリーダーアルバムをリリース。2021年に13年ぶりのグオッカ・ジャズ作品「Sone Ka-La 2」をリリース予定。