あねのシッポ

目立ちたがりで、褒められたがり。
犬がシッポをブンブン振るように、好きな人には好きがあふれる。
サウボナ姉のシッポが止まらなくなるもの、を綴ってみたりみなかったり。

2018/11/09

最近母のことををよく思い出す。
サウボナは姉と弟だから、当たり前だけどサウボナの母もいる。
いや、いた。

母は昨年の5月20日に死んだ。
最終的な診断書には様々な部位の癌の名前が並んで書かれていた。

とはいえ癌の闘病で何年も苦しんで死んだ、というよりは、その数年まえにくも膜下出血で倒れ、死ぬか生きるかという状況を数ヶ月さまよい、それでも麻痺も障害もなく奇跡の復活を遂げたものの、やはり体力は落ち、仕事が思うように出来ず、感情は揺れにゆれ、生きることを心から喜べない葛藤の日々の末、体調を崩して検査をしたら癌が分かった、といった感じだった。

癌だと分かって死ぬまで二ヶ月もなかった。

私は母が死んでも泣かなかった。
涙は出なかった。

身内の葬儀、というものに関わったことのある人ならお分かりだと思うが、こなしていかなくてはいけないことが山積みだ。

悲しむ暇などない、と言われるが、私もそうだと思っていた。

なによりも私と母は、数年前から関係がこじれに拗れて、それはそれはギクシャクしていた。

母は身体が思うように動かず、たまるフラストレーション。仕事が前ほど出来ず、収入が減って行く不安。自分が動けないことでかける迷惑。自分は役に立たない。そんな風に思っていたようだ。

そんな中、娘の私は、母の言葉を借りると、「いたいけな息子を放ったらかしにしてヨガだの何だのと仕事や学びに忙しく、二人目も作らない。自分勝手でわがままが過ぎる」そんな存在になっていったらしい。

それはそのまま母が自由に生きたいのに、そうはできない、と思っていることに起因してると思っていた。だから私に腹がたつんだと。だから何度も話し合った。

お母さんも好きに生きたらいいんだよ。だれも役立たずなんて思ってない。迷惑をかけてでも好きに生きなよ。

そんなことを泣きながら言ったこともある。

長い巻物のような手紙が届いたり、面と向かって言われたり、その全てが私を責める言葉ばかりで、私はどんどん母と関わることにうんざりしていった。
今度は何を言われるのか、どうして分かってくれないのか。
お母さん、という文字が携帯の着信画面に出るたびにドキドキして、出なかったことも両手の指では数えきれない。

しかし、サウボナの姉は男兄弟の中の唯一の娘なのだ。
くも膜下の時もそうだったけれど、癌で入院となると娘がやらなきゃいけないこと、みたいなものにたくさん出てくる。

いや、べつに法律で決まってるわけじゃないんだから、息子がしようが夫がしようがどうでもいいことなんだけど、それでもナースさんから、娘さんチョット、と呼ばれることは多々あった。

義務のようにそれをこなした。
いちばん嫌だったのは、もう長くないからもう一度だけ家に帰してやりたいと家族がお願いし、それが叶った時だ。
その時に浣腸をしろ、と言われた。
ふみえちゃん、お願いできる?とおばあちゃんに言われた。

いやだ、なんて言いようがない。

ほとんどもう歩くことさえおぼつかない母をなんとかトイレに座らせて、浣腸器を使う。

嫌だった。とても。

足腰の立たない母の、大人用オムツを脱がすこと。
視線のぼんやりした母の目を見ながらできるだけ優しく冷静を装って声をかけること。
我慢しきれずに私の手にかかる母の排泄物と水の感触。

今まで味わったことのない、名前が付けられないような感情だった。逃げたかった。

母が亡くなったとき、お母さん、やっと自由になれたね。もう苦しまなくていいね。なんて思ったけど、それは私自身のことだったのかな、と今は思う。

正直言ってその頃は母が亡くなったことに安心さえしていた。
もうこれ以上、揉めなくていい。
そんな風に。

娘さんさんは涙も見せず、健気に振舞って。
通夜や葬儀で何度も言われた。
その度に嫌気がさした。
違います。
わたし、悲しくないんですよ。と否定した。
そう言えばいうほど健気さが演出され、もう何も言わないようにしよう、と思った。

それが。
それがです。

おととい運転していてふと思ったことがある。

受け取っていなかったのは、私だ!
母の愛を受け取ってなかったのは、私の方だった!

言葉はいくら辛辣でも、
態度はどんどん硬くなっていっても、

あれは愛だった。
あれはエールだった。

それを私は受け取らなかった。

その形が私が望む形とはちがうから、というの理由だけで、母の愛を愛とも気付かず、不安を大きくし不満を溜め込んで、自分を落としたり相手を悪く思ったりそんなことばかりしていたんだ。

それに気づいたときに、私は、泣いた。
運転しながら。
けっこうワンワン泣いたもんだからきっと対向車はビックリしたに違いない。
私はいつもせわしない。
お母さんはそんな私を見て笑ってるだろうと思う。小さな頃からそうだった、って目をほそめて。

誰よりも母は、おてんばな私、を褒めてくれていたじゃないか。そんなことも忘れてた。

言葉を意味の通り受け取らなくていい時、がある。
相手の態度なんて見なくていい時、もある。

それがどれだけ自分へ向けた悲しい言葉でも厳しい態度でも、

あーそう。えっとね。
そんなものはどーでもいいわ。だいすき。

って思っていい時が、勝手に好きなままでいていいことが、この世界には溢れてるのかもしれない。

それが大いなる勘違いで、本当に相手に嫌われていたってそれがどうしたっていうのだ。

その勘違いが原因で起こることなんて「こんな勘違いしてもーて、わたしめっちゃイタいヤツやーん!」って恥ずかしいくらいのもんだ。

そんなものは、丸めて捨ててしまえ。
そんなことを恐れて「だいすき」を全うしないくらいなら、捨ててしまえ。
そんなもののために、相手の愛を見えなくするくらいなら、いくらでも恥をかいてやろうじゃないか。

かいた恥を満艦飾のように掲げて、堂々とピースしようぜ。赤っ恥、上等じゃん。

お母さん、ありがとね。
だいすきだよー。

2018/10/28

ここはおそらく、ほとんど誰も読んでいない場所だから、リラックスして正直にいろいろ書いてみようと思う。

片付けしてたらクローゼットからポーチが出てきた。
忘れてた。
去年隠したポーチだ笑

中身はタバコとライター。

去年、40年間生きてきてタバコを初めて吸ってみたんだった。
当時私はやってはいけないことだと思っていたことをやってみるキャンペーン中だった。

家族が寝静まったのを確認し笑、台所の換気扇の下で、生まれて初めてタバコを吸ってみた。うまく火もつけられず、やっと吸得たと思ったら漫画のようにゴホゴホむせた。
中二だ。明らかにやってることが中二。
全然美味しくもなくて、でも私は自分のやってることがとても面白くて、ゴホゴホしながらゲラゲラ笑った。

まったく癖にもならなかったけど、意外な効能がひとつ。
それはタバコを吸う女子、への嫌悪感がなくなったこと。
それまでは女の子がタバコを吸うなんて、子供を産む体なのに!みたいなどこかの小姑みたいなことを思っていたのだけど、まぁ吸いたい時もあるかもね。と小姑がやたら理解のある人に変身したんだった。

そりゃ褒められたことじゃない。
健康にも良くない。
けどまぁね。吸いたい気持ちになることだってあるでしょう。

やったこともないこと、を責める、批判すること、ってできるだけ少ない方がいい。
それが共感すること、のベースなのかもしれない。
そんなことしちゃダメだ!と思ってる中に、いろんなヒントがかくされてるのかも。

これからもやってこなかったことを、やってみようと思う。
それは行動だけでなく、思考のパターン、からも少しずつ自由になりたい。

アメスピの黄色い箱の中に、残ってた最後の一本を久しぶりに吸ってみた。
吸い方はやっぱりぎこちなく、やっぱりマズかったです笑



2018/10/28

ボディライトニングという施術がある。
個人の持つ振動、有り体に言えばオーラ層を整えて、滞りを流していくものだ。
私の大好きな大好きな友人がそのセラピーを学び、あまりにもその友人と施術が好きすぎて私も夏に講座を受講した。
その時担当してくださった先生と先日久しぶりにお話をしたときのこと。

「変わりたい、と思ったらその時点でね、もう変わってるの。
なのに人は、ああ自分はすっかり変わった!もう大丈夫だ、進化してる!って思えるストーリーを求める。証拠を集めるように。
エゴを納得させるために。
でもね。そんなことは、死ぬまで起こらないの。残念ながらね笑
そのストーリーこそ、エゴが作り上げた幻想なの。だからね、そんなもの、もう待ってなくていいのよ。
エゴを納得させなくても大森さんはもう変わってるの。」


時に自分の感情を持て余してしまうことがある。
いや、時に、なんてもんじゃない。
とてもよく、ある。
感情の動かない人生なんて何が楽しいんだ!って以前は思っていたけれど、感情があるからこそごちゃごちゃにして見えなくしてしまうものがいかに多いか!

感情をエゴ、と置き換えてもいいかもしれない。
私はエゴに振り回されて、それはそれは忙しい。

目の前に起こる現実に勝手に意味をつけ絶望してみたり、大切な人の言葉や態度でさえ、そのままを受け取らず、挙げ句の果てに

ちっとも進歩しない。
いつまでも変わらない。
どうせ自分は愛されない。

そんな風に思い始める。
でもちょっと待て。

それこそがエゴの仕業らしい。

全く変わらないなんてことありえない。
それはこの世の摂理としてありえない。
物事は全て変化の中にある。

私自身も。

あらゆる一瞬が新しい。
量子力学の世界だ。 
新しく生まれる一瞬のたびに私達は新しく現実を生きていいのに、簡単に昨日のつづきを、さっきの延長線上を生きようとする。

そんなこと、もう、やめにしてもいいんだぜ?って言われたら。

それは希望だ。

いつからだってどうにでもなる。ってことだから。

そしてそれこそが、この世界の真実。

サッチモもトータスも歌ってるじゃないか。

What a wonderful world this could be!

美しい日ばかりじゃない。
それでも。
世界は優しくて、素晴らしい。

2018/10/27
ここには私のしっぽが止まらなくなるような大好きな人、モノ、コトを書いていこうと思っているのだけども。
いざ書くとなると公開ラブレターみたいで恥ずかしいものだな。
好きが溢れ出るのに、恥ずかしいとか言って、まぁなんて自分勝手なもんだろ。

記念すべき第一回目のラブレターの相手は、オマールとグスターボ。

ライブの前日にピアノのあるバーに行った。
お客さんないなくて、貸切状態。

始まるセッション。

ほんといろいろ大変な準備期間だったけど、なんというご褒美。

演奏が終わったオマールに、ピアニストみたいだったじゃん!って笑いかけると、
そう見えるように頑張ったんだ!笑
っていたずらっぽく笑う。

こんな軽口たたける人ではなかろーに、お調子者のジョークに乗ってくれる優しさ。

オトナだよ、まったく。

オマールの帽子かぶって写真撮りました。